ざしわらの家

日々思ったことを書き連ねる雑記ブログ。元ニート。

マラソンの川内選手はなぜ速いのか。

こんばんは。nobitaです。

今日は競技における努力と才能の話です。

 

マラソンの川内選手がなぜ実業団選手に勝てるのか、って記事をよく目にしますが、つまるところ彼に才能があっただけのことだと思うんですな。

大体の記事では、川内選手の試合に出る頻度の多さや、彼が実業団選手ほどには練習量が多くないことをクローズアップする傾向にあります。あとは根性とか。

僕が見る限りでは、川内選手を天才型とか才能型(ぶっちゃけ型とか意味のないくくり方だけど)みたいに言う人っていないです。

これは高橋尚子選手のときも同様でした。誰よりも練習量が多いとか、良く食べるとか、陸上が大好きとか。決して高橋選手が優れた才能の持ち主だという書き方・映し方はしない。

 

彼・彼女らが優れているのは、「努力」とか「独自の工夫」が並はずれているからである、という方が絵になるのは分かります。でも、実際に高いレベルで競技に取り組んだ人なら分かると思いますが、世の中には才能というものがあります。確実に。

僕の知り合いのトップアスリートも、「やっぱり運が良かったとは思うよ。自分も努力はしているけど、それが他の人に比べて勝っているから勝てる(速く走れる)のだとは思わない。」という趣旨のことを言っていました。実際、トップアスリートってどこか変だったりします。足首が異様に硬かったり、トレーナビリティ(トレーニング効果の出やすさ)がものすごく高かったり。あと驚いたのは、ジョギングしているだけなのになぜか筋肉がつく人もいました。こういうのを才能というのね、とダメ選手の僕は悲しくなりました。勝てねー、ゼツボー、って感じ。

 

川内選手を見てる人も、いい大人であれば、心のどこかで彼が才能の持ち主であることに気付いているはずです。あれだけの活躍をするには、努力や工夫は当然のこととして、プラス才能が必要なのです。

ニュートンも「1パーセントの才能と99パーセントの努力」とか言ってます。これの意味を「努力こそ大切」ととる人も多いようですが、この言葉の真意としては「努力は当然だけど、全く才能がないようじゃあ何やっても無理に決まってんじゃん」ってことらしいです。

 

僕は川内選手の才能に興味があります。どの辺に彼の凄さがあるのか。

並はずれた心肺機能?トレーナビリティの高さ?それとも圧倒的な回復力?

彼の才能がどの辺にあるのかを解き明かすことで、長距離走に必要な能力の基準が変わるかもしれません。野口みずき選手が五輪チャンピオンになってからは、長距離走にも筋トレは有効みたいな見方が浸透しましたよね。あーいう何かが起こると面白いんだけどなー。

 

最後に。

nobitaは川内選手を応援しています。

公務員ランナーとか市民ランナーとかそういう肩書を抜きにして、世界に挑戦するトップアスリートとして。