読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ざしわらの家

日々思ったことを書き連ねる雑記ブログ。元ニート。

決断。~どれだけアドバイスをもらったとしても必要なもの~

こんばんは。

 

今日は、アドバイスをもらうことの難しさについて考えてみます。

僕は、就職活動を進めるに当たって、多くの人にお世話になり、たくさんのアドバイスを頂きました。

特に、第一志望から内定をもらえず、他から内定を頂いたときには、浪人するべきか、それとも就職するべきかという点に関して、様々な御助言を頂きました。

それらは、いずれも僕のためを思って、親身になって考えて下さったことで、本当に有難いと思ったものです。

 

まあしかし、当然と言えば当然の話ですが、多くの人にアドバイスをもらうほど、意見は多様になります。どの助言に従うべきか、本当に悩みました。

それぞれの助言にきちんと理屈が通っていて、どれが正しいとか、間違っているということはありませんでした。そのために余計に悩むことになったのです。

加えて、どれか一つのアドバイスに従うということは、他のアドバイスを切り捨てることにもなりかねません。そうなると、なんとも申し訳ない気持ちになります。

 

自分の人生の岐路ともいえる大きな決断を迫られたとき、自分自身で決断することの難しさを知りました。その難しさを実感すると、誰か他人に決めてもらいたくなります。あまりに重い決断であるがゆえに、自分で決めるよりも、他人に決めてもらった方が楽だからです。

 

助言の多く、というか殆どは、「もらった内定を断ることはない」というものでした。安定感、給料、社会的名誉等々、客観的に見て申し分ないものだったからです。そこ以上に良いと思われる就職先は、そうそう見つかるものではないということも理由でした。

 

アドバイスを受けるまでもなく、僕自身十分に認識しているものでした。誰もが考えることです。

きっと僕は、誰かに背中を押してほしかったんです。自分で決断することが怖かったんです。アドバイスをもらうことで、自分を安心させたかったんです。

アドバイスに従ったと言えば、失敗したときの言い訳になりますから。僕は割合他人の目が気になる俗物人間ですから、失敗して馬鹿にされるのも嫌だったんです。

 

結局、僕はフリーターになることにしました。初志を貫徹したいと思います。

もしもあの時、多くの人のアドバイスに従っていたなら、きっと後悔していたと思います。だってそれは、自分で決めるのが怖いことを理由に、自分の人生を放棄することになるからです。

僕は、自分で選択しました。たとえ失敗することになったとしても、自分の人生を自分で選ぶことにしたんです。選んだことで、気分も晴れました。今は後悔していません。

 

アドバイスは、あくまでも選択肢を提示してもらうことです。どこかの首相が言ってましたね。「動かすのは、決断。」と。

選択肢から何を選ぶかを決めるのは、自分です。自分で決めなければならないのです。

 

今後、どのような人生を歩むことになるか、今は想像できません。しかし、自分で決断したということを胸に刻んで頑張っていきます。