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ざしわらの家

日々思ったことを書き連ねる雑記ブログ。元ニート。

「人間とは何か」の答えを、チンパンジーが教えてくれるらしい

以前、読書会でハイデガーについてレジュメを作ったということを書きました。

今回はもうちょっとやわらかいものということで、課題図書はこれ ↓

 

想像するちから――チンパンジーが教えてくれた人間の心

想像するちから――チンパンジーが教えてくれた人間の心

 

若干のネタバレ注意です。まあ、ネタバレしてもなお読む価値がある本だと思います。

 

 

まず、著者の松沢さんについてちょっと触れておきます。

松沢さんは、京都大学の霊長類研究所で、チンパンジーの研究をしている方です。東大入試が中止になった年、京都大学に入学し、哲学の道を志したとのことです。特に「人間とは何か」みたいなことに関心があったそうです。

京大と言えば西田幾多郎をはじめ、日本哲学の偉人を多数輩出しています。そんな中、前述の「人間とは何か」を知りたいという観点から「心」に興味を持ち、学部では心理学的なものを専攻されています。その後、「心を知るためには脳だ」ということで修士課程でネズミの脳について研究し、修了後に霊長類研究所に助手として着任しています。

 

哲学、特に「人間とは何か」を知ろうとするうちに、チンパンジーに行きつくというのは興味深いですね。ヒト科であるチンパンジーとヒトを比較することで、人間にしかないものは何かということを探求するとのことです。

 

いろいろと研究の話もされていて、それによるとヒトとチンパンジーのゲノムは98.8%一緒とのことです。つまり違いは1.2%しかない。

そんなチンパンジーとヒトにはどのような違いがあるのでしょうか。

 

 

まず、ヒトとチンパンジーでは、どのような共通点があるのでしょうか。

人間は「見つめあう」ことをします。そしてチンパンジーも見つめあう事ができるそうです。これは、他の動物には決してない行動で、目を合わせるというのは、すなわち威嚇するということみたいです。僕はこの見つめあうことができるのがヒト科特有のものだという事実に驚きました。

 

他にも、行動を同期したり、模倣出来たりすること、そしてヒトに手を差し伸べたり欺いたりするということも、人間とチンパンジーに共通するものらしいです。著者はこれを「社会的知性発達の4段階」として紹介しています。

 

他方、このような共通点を持っていながらも、決定的に違う部分もあります。それは、役割分担や互恵性といったものです。

確かに、チンパンジーも手を差し伸べるということで利他的な行動をとります。しかし、その先にある自己犠牲的な行動をとることはありません。自分が損をしても良いから相手に尽くすといった行動は見られないのです。

このことから、そういった自己犠牲の精神・行動が人間が人間らしくあるための要素であることを示していると考えられます。

 

また、教育についても大きな違いがみられます。

チンパンジーの教育は、大人が子供に行動を示すこと(見せること)によって、子どもが自発的にその行動を真似するようになるというものです。

それに対し、人間は明確に「教える」という行動をとります。そして教えるにあたって手を添え、手助けします。

子どもの学びを肯定するために、子どもに向かってうなずいたり、微笑んだり、あるいは褒めるといった行動をとるのも人間特有のものです。

 

 

こうやって書いていると、なにやら人間がチンパンジーよりも優れているということばかりを押し出しているように思われるかもしれません。

 

しかしそれは違います。人間よりもチンパンジーの方が優れている能力もあります。たとえば、「直観像記憶」が挙げられます。チンパンジーはその辺に散らばったマッチのような多数の物の数を、一瞬で記憶することができるそうです。

 

人間でこのような能力を持つ方も、まれにいらっしゃるようですが、そのような方は俗に天才と呼ばれる人です。つまり、人間が高度な直観像記憶能力を持っている場合があるとしても、それはあくまでも例外的なものであり、外れ値であると言えます。

実際に自分たちの能力を考えた場合、映像として物事を瞬時に記憶できる人はまずいないのではないでしょうか。

 

これは、人間が言語的な能力、抽象的に物事を考える能力などを手に入れることと引き換えに、失ってしまった能力なのかもしれません。著者は、直観像記憶能力と高度な言語能力がトレードオフ関係にある可能性について指摘しています。

 

 

そしてこの本の目玉は、何と言っても第8章「想像するちから」です。

流石にクライマックスをすべて語ってしまうほど野暮ではありませんので、興味のある方は是非、実際に手に取って読んでみてください。

 

若干だけ書かせてもらうと、この章で、著者が最も言いたいであろうこと、「人間とはなんなのか」を明らかにしようと試みられています。

本のタイトル、そして章のタイトルからも分かるように、つまり人間は「想像するちから」を持つ生き物だということです。これだけだと「あぁ、確かにね」ということで終わってしまう訳ですが、この本では、そのことを語るときの例示が素晴らしい。

読む人によっては、そんな「いかにも」なことを言われても……という方もいらっしゃるかもしれませんが、僕は素直に感動しました。

 

困難でストレスフルな時代と言われる現代です。

実際、僕も苦しいと思うことが沢山あります。でも、そう思えるのも僕が人間であるからこそのものなのだと、この本は再認識させてくれました。

 

「想像するちから」を持つことこそ、人間が人間であるゆえんであるのなら、この先どんなに大変なことが待ち受けていたとしても、僕は想像するちからを放棄せずに生きていきたいと感じました。

 

 

余談ですが、僕は基本的に他人と目を合わせるのが苦手です。

なんだか自分の心の内を見透かされているような、何とも言えない不安が押し寄せてきます。これはもしかしたら人間的なものよりも動物的な本能が勝っているのでしょうか?