ざしわらの家

日々思ったことを書き連ねる雑記ブログ。元ニート。

カーンアカデミーさえあれば、学校はもう要らない?

khan academy(以下、カーンアカデミー)をご存知でしょうか。

カーンアカデミーは教育系のNPOで、ハイレベルな講義をインターネット上で無料配信する事業を行っているそうです。この取り組みは大変注目を集めていて、シリコンバレーのエリートが就職を希望するくらいだそうです。最近では、さまざまなブログでも取り上げられています。

 

 

こうした取り組みは大変意義深く、素晴らしいものだと思います。

インターネットの普及とカーンアカデミーのような取り組みにより、これまでレベルの高い教育を受けることができなかった人が、教育を受けることができるようになりました。

これにより、より多くの人が知識などを身に着け、自分なりの選択肢を見つけるための基盤を作ることが可能になるでしょう。また、これまでであれば埋もれてしまっていた人が才能を開花させ、これによりイノベーションが起こることもあるでしょう。

 

こうした事業の普及によって、既存の教育の在り方は大きく変わるでしょう。

学校の先生が提供する授業よりもレベルの高いもの、より分かりやすいものがネット上で提供されることとなれば、学校の先生の存在意義が問われることにもなりかねません。もっとも良質の教育サービスを提供するのは、学校でも塾でもなく、なんと無料のネット配信サービス!という時代が到来しつつあります。

 

 

では、これらの取り組みによって、学校などの価値は減ずるものでしょうか。

まず、学校だけが教育を独占することはなくなるでしょう。先に述べたように、学校の先生よりも分かりやすく質の高い授業をネットで受けられるようになるという側面だけを見れば、学校の価値は減ずるともいえるかもしれません。

 

しかし、こうしたサービスが世の中に存在するとしても、その存在を知らなければ利用することはできません。子どもの親がそういったサービスを知っているとは限りません。ですから、その存在を教える人・機関が必要です。

 

また、インターネットを利用できなければ、サービスを受けることはできません。

発展途上国だけではなく、日本国内にもインターネットに接続できない、あるいは十分な接続環境にない人がいます。物理的な意味はもちろん、それだけでなく、です。

 

さらに、ネットの授業を受けてきちんと理解できる子どもばかりではないはずです。そうなると、分からない部分について丁寧に教えてくれる人間が必要となるでしょう。これもネット上で可能となる可能性がありますが、信頼のできる人に指導してもらうためには、利用者の金銭的負担を避けることはできないと思います。

 

 

カーンアカデミーが提供するような素晴らしいサービスの登場・普及により、教育の世界はより良い方向に向かうでしょう。そうはいってもやはり、ネットでのサービスさえあれば良いということにはならないと思います。

学校という公的機関がそういったサービスが存在することを紹介することは、これからの社会の要請となるでしょう。子どもがネットにアクセスできる環境を提供するために、学校の設備を整備し、その設備を開放することが重要です。

 

ここまでは知識習得について述べてきましたが、知識習得以外の面でも学校は重要です。生の人間的な触れ合い等は人間の社会生活に不可欠なものです。それらを学び、実際に経験するための機会提供という観点からも、学校は重要なものであり続けると思います。ネットでのサービスを見て分からなかった部分をあらためて教えられる先生だっていたほうが良いですよね。

 

ネットでのハイレベルな授業と学校とが相互に補い合い、より良い教育が提供される世の中になりますように!