ざしわらの家

日々思ったことを書き連ねる雑記ブログ。元ニート。

坂本竜馬に憧れる人は、一生竜馬に近づけないまま終わるかもしれない

こんばんは。

「尊敬する歴史上の人物はだれか」と聞かれて、坂本竜馬をあげる人は少なくないでしょう。特に、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」のイメージの竜馬にあこがれる人が多いみたいです。僕もこの作品は読みましたが、エンターテイメントとしても、一つの人生訓としても面白い作品ですよね。

また、近年では福山雅治さんが主演した龍馬伝も話題になりました。福山雅治さんが格好良いということも大きな要因の一つとは思いますが、とにかくそれなり以上の人気は出ました。
竜馬人気は、まだまだ衰えません。

 

さて、僕も「竜馬がゆく」は大好きですし、彼の功績は大変なものであると感じています。特に、その先見性や独自性等は、一流だったのではないかと思います。

ただ、この作品を読んで面白かったから、また、感銘を受けたから、といった理由で、この作品の竜馬のようになりたいかと問われたら、僕は「そんなことはありません」と答えます。

というか、無理です。そもそもタイプが違います。現実的なところは共通しているかもしれませんが、僕には「まあ、やってみるか」的な大胆さ・胆力はありません。基本、僕は怖がりなので。

そんなこともあって、「坂本竜馬ってすごい人なのね」という気持ちはあっても、彼のようになろう、とは思わないのです。僕は僕なりの良さを生かせる人物になれたら、と考えています(どちらかというと、悩みまくりで決断してたチャーチルとかの方がタイプとしては近いのかもしれません)。

 

僕の考え方がこんな感じなので、他の人が殊更に「竜馬すげー!俺も竜馬みたいになる!」と言っているのを見ると、かなりの違和感を覚えます。

第一、竜馬は特定の人を「すげー!」とか言わないと思いますし、そういう特定の人を崇拝するメンタリティーは持ち合わせていなかったのではないでしょうか?むしろ、そういう熱気に浮かされるような人を、小人物とみなしていたのではないかと推測します。

一時的な感情、時勢に惑わされず、自分なりに国や世界の未来を予測し、それらを基に現実的に必要なものは何かを真剣に考えたからこそ、彼はすごいのです(運が良かったということもあるのだろうけど)。

 

ですので、竜馬のようになりたいという人は、「竜馬すげー!」というだけではなくて、とにかく現実を見ることが必要なのです。

竜馬が好きな人の多くは、愛国心が強かったり、日本を愛している人が多いのは分かります。ですが、同時に、かなりの夢想家的な要素を持ち合わせていることも多いように思えるのです。

この傾向は、竜馬というよりもむしろ武市半平太を信奉していた土佐勤王党の人々に近いものであると思います。彼らの思想・理想は素晴らしいと思いますが、結局目的を達成することは出来ませんでした。

僕は、結果というものを非常に重視していますので、結果が出ない理想を、そこまで高く評価することは出来ません。なんだかんだで、やっぱり結果は大事ですよね。

 

もう一つ、大切だと思うのが、人間的な魅力です。大きなことを言って、周りの人が共感してくれる人、信頼されている人は、きっと人格的にも優れた人なのでしょう。これは、竜馬的に人を巻き込んで一大事を成し遂げようとする人にとって、重要な能力だと思います。

これがない場合、超天才的ななんらかの素質でもない限り、変人として生を終えることになる可能性がきわめて高いように思います。魅力的な人になりたいですね。

 

最後に、竜馬のような大人物になるために必要だと思うことを、僕なりにまとめてみます。

①「すげー!」とか言って、やたらに竜馬を崇拝してはいけない

②竜馬をまねるべき部分があるとしたら、それはリアリストであるという部分

③多くの人が支えたいと思ってくれるような人間的魅力を兼ね備えていること

 

わー、がんばろ。